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2014/11/27

台所の隅に網を張った黒いクモと妻の話


クモの“実写”は嫌だ、と言う方のために少しデフォルメした絵を描いてみました。

昨日、ちょっと妻を見直した出来事があった。
普通の家庭だったらありえなかったことだろう。
 
主役はクモである。中くらいの大きさの黒いクモである(そう、蜘蛛)。
台所の勝手口のドアにクモ(種類はわからないのでクロクモと呼ぼう)が、漏斗のような巣を、綿毛のような糸でつくっていたのだ(勝手口はここ数年、開けたことがなかった)。
よくある話だと、「その巣は、芸術的に美しく、見事な自然の造形だったのだ」みたいなことになるのだが、クロクモの巣は、お世辞にも美しいとは言えなかった。
巣は中心部の漏斗から周囲へと広がり、いかにも“空き家になった家の隅”のような雰囲気を漂わせていた。

私は、クロクモをよく目にしていた(ほぼ毎日)。というのも、その場所の近くに風呂の湯のスイッチ盤があって、風呂の準備のためにスイッチを押すとき、クロクモの姿が眼に入っていたからだ。もちろんクロクモの巣も。
「じゃあ、どうしてクモの巣を取らなかったの」と言われそうだが、そこがちょっと私が私たるゆえんで、私は、動物が好きなのだ。クモも好きだ。もちろん。
でもさすがに、すさんだ空き家を連想させる“巣”はちょっと気になっており、何度か、取って掃除してやろうか、と思ったこともあった。でも、そのたびに、クロクモを見て、こいつの家を壊したらかわいそうだな、と思いとどまっていたのだ。

さて、秋も深まり、肌寒さを感じるようになったころ、ふと、思ったのだ。
妻は、この状態をどう思っておいるのだろう。キッチンからあまり離れていないところにあるクモとその巣だ。当然何度も見ているはずだ。

しばらくして、(やぶへびになるのを恐れながら)夕食のとき妻に、さりげなく話題にしてみた。
すると妻は言ったのだ。「あー、あそこのクモ。寒いのにがんばってるわねー。いつも見たときはじっとしてるけど、巣を少しずつ少しずつ下へ広げていってるから、きっと夜中に働いているだわ。ハエを取るリボンを吊り下げていたけど、クモの餌が減るかもしれないからはずしておいたわ。」
続けて妻は言った。「あのクモは、もうずっと前からあそこに巣を張って暮らしているけど、クモは巣の中で、完結した世界をもっているということなのよね。水も餌も、その世界で調達して生き続けていると言うことなのよね。すごいじゃない。」

ほーっ。私は妻を見直したのだった。