最近、コウモリの話が多くて恐縮なのだが、冬はコウモリ(特に洞窟をねぐらにする種類)の観察にはうってつけの季節なのだ。
コウモリが冬眠してじっと天井からぶら下がっているからだ。赤色のライトで照らすとほとんど影響与えることなくコウモリを、じっくり見ることができる(たまには、比較的冬眠から覚めやすいコウモリが起きてしまうこともあるが)。
キクガシラコウモリなんかになると、ブドウの房のように蔓からぶら下がった果物のような感じで、天井から、まさしく“ぶら下がっている”。もしキクガシラコウモリを“採集”するととしたら、果物をゆっくりもぎとるような感じになるにちがいない。
さて、私がよく入る“洞窟”は、廃坑になった(つまり昔、鉱物を掘り出していた)坑道である。何種類かの(場合によっては一種類だけの)コウモリたちがねぐらとして、あるいは冬の越冬場所として使っている。
先日は、中に、腰まで水に浸かるくらいの深い水路がある坑道に入った。まさか中にそんなに深い水場があろうとは思ってなかったので、私は、ズボンのすそをまくり上げて、裸足で水の中に入っていった。一緒に行った学生たちは、おそれをなしたのだろう。坑道の外で待っていた。
ちなみに、冬の坑道は、それほど寒くはなく、水温もそれほど低くはない。水に入っている私より、外で待っていた学生たちのほうが寒かったのではないだろうか。
坑道の中でまず出合ったのは、コキクガシラコウモリ(キクガシラコウモリに近縁で形態も見ているが、名前のとおり一回り二回り小さい)だった。低温や乾燥から身を守るためと考えられるが、30匹くらいが体を寄せ合って、天井からぶら下がっていた。
ところがよく見ると、コキクガシラコウモリ(体毛が黄土色)の集団の中に、体毛が黒っぽい、明らかに種類が違うコウモリが二匹、混じっていることに気がついた。そして、近くで見ると、それは、一方は、コキガシラコウモリより一回り大きい「ユビナガコウモリ」、もう一方は、コキガシラコウモリより一回り小さい「モモジロコウモリ」だった。もちろん、私くらいの動物学者になると、一目見ただけで、種類はすぐわかるのだ(本当は、近くからじろじろよく見てやっと決定できたのだが)。
キクガシラコウモリは、冬眠中でも、何か刺激があると、比較的容易に目覚めて少し体を震わせ、飛翔しはじめる。そのときの様子を画像におさめたのでご覧いただきたい。
研究報告を読むと、他の種類のコウモリでも、越冬中に目覚めて、天井を伝う水を飲んだり、洞窟内の虫を食べたり、飛翔して別な洞窟に移動したりすることもあるらしい。
その後、私は、水場から上がり、坑道を奥へ奥へと進んでいき(何に出合うか、ワクワクドキドキ)、ユビナガコウモリやモモジロコウモリ、キクガシラコウモリと出合った。洞窟性の節足動物にも何種類か出合った(これらも実に興味深い体験だった。長くなるのでここでは書かない。本に書いているので読んでいただきたい)。
さて、一通り調査が終わって坑道を出た私は、充実感とともに、かなり困った事態に気づくことになった。
腰まで水に浸かったとき、腰につけていたポシェットの中のカメラと携帯電話には、濡れないように充分に気をつけていたのだが、ズボンのポケットに入れていた手帳のことを全く忘れていたのだ。
そして、その手帳の中には、今後のスケジュールがびっしりと、水性インク(!)で、書き込まれていたのだ。それは、記憶力にかなりな難がある私の、“第二の脳”(第一の脳だったりして)と言ってもよいだろう。
おそるおそる手帳を開いてみると、濡れてピタッとくっついた、すべてのページのインクは、無残にも、かなりにじんでいた。第二の脳が半分以上、消え去っていたのだ。
私は、明日からの生活の指針を失ってしまったのだ。
ちなみに、その様子(手帳の状態と、それを嘆く私の姿)を、すぐそばで見ていた学生は、ゼミの学生にLINEで次のようなメッセージを送ったという。
「小林先生のスケジュール表が濡れて、書かれていたものが消えてしまったので、小林先生と約束している人は、気をつけてください。」
悔しいが、その学生の行為は、実に適格だったと言わなければならない。第二の脳を失った私は、その翌日、早速、会議をすっぽがしてしまったのだ。
ところが、である。この災難は、まだそれだけでは終わらなかったのだ。悲劇は、まだ続いたのだ(手帳をめぐる、その悲劇がないだったかは、来年出版される本を読んでください)。ああ、仏様。・・・・合掌。