ある日、総務課のMさんから電話があった。
大学の樹木などの手入れをしてもらっているシルバーセンターの方から、次のような連絡があったというのだ。
大学本部棟の玄関を出てすぐのところにつくられている藤棚の上にハトが、じーっと座っていて動かない。
もちろん私は現場に行ってみた。
確かにキジバトが、彫刻のようにじーっとして木の枝でつくった巣の上に座っていた。
近くを学生や教職員が(ハトには気づいていた様子だったが)たくさん通る場所である。
後でわかったことなのだが、シルバーセンターの方は、藤棚の藤の剪定をしていて、枝葉を切ったら、目の前に、彫刻のようなハトが現れたので驚かれて総務課に連絡されたらしいのだ。
つまり、なんと、そのキジバトは、剪定の音や、ヒトの気配にじっと耐えながら、抱卵をやめなかったということだ。
そして、目の前にヒトの顔がぬっと出てきた時もじっとして動かず、ひたすら抱卵を続けたわけだ。
おそらく、剪定の前は、藤の枝葉でに覆われたような巣の中で抱卵をしていたのだろう。
ところが、巣をとりまく環境は、シルバーセンターの方の熱心なお仕事によって、外からは丸見え、太陽の光にもさらされるというとんでもない状況になったのだ。
それでもキジバトはジーッと耐えて抱卵を続けた。雄と雌は頑張ったのだ。
下の動画は、直射日光にさらされて、熱さも感じながら、それでも外敵に見つからないように彫刻のようにじっと動かずに耐えるキジバトの様子を写したものである。
さて、総務課のMさんから電話があってから10日ほど経過した頃だったろうか。
キジバトの姿が、藤棚の上から・・・消えた。
それを見たとき私は、「残念」という気持ちと同時に、無理もない、と思った。
そりゃあそうだ。むしろ、あんな直射日光にも長時間さらされ、ヒトの往来も感じながら、よくもまー、こんなに長く耐えたのだ。私は、キジバトのの抱卵忍耐力に深く感じ入ったのだ。
ちなみに、皆さんのなかには、キジバトが姿を消したのは、おまえ(つまり私)がたびたび巣の近くを徘徊したり写真を撮ったりしたせいではないか」と思われた方もいるかもしれない。でもそれはありあえない。それは、私が、キジバトの習性は、よーーく知った上で、ときどき遠から見ていたに過ぎないからだ。
キジバトばかりに気をとられているわけにもいかない。大学の中には、キジバト以外にも、ストレスにならない程度で様子を見なければならない動物はたくさんいるからだ。
巣の中に卵はなかった。
その理由について私は、こう推察している。親鳥が別な場所に運んだのだろう。鳥の中には、巣を変えるときに卵も運んでいくものもいるのだ。
そして、それから数日後、私は、藤棚の玄関から10メートルほど離れた別な玄関の、今度は、コンクリートに囲まれた隙間で、抱卵しているキジバトを見つけた(大学キャンパス内の動物達のことには詳しいのだ)。
そのキジバトは、藤棚の巣で抱卵していたキジバトだと思う。
私くらいになると、ヒトの顔や名前はよく忘れるが、ヒト以外の動物の顔はしっかり覚え記憶しているのだ。
人生、だれでもなかなか悩みや心配ごとが多い。心配事が一つ消えた瞬間だった。