矢印の先にサンゴイソギンチャクがいる.真ん中の魚がグレである.
その後、徐々に、ゼミ生のNさんは、イソギンチャク(現在のところ最も可能性がある種名は、サンゴイソギンチャクとミドリイソギンチャクということになっている)に憑かれたように観察するようになった。
実験とネットで明らかになったことを、他のゼミ生や私に、いろいろ教えてくれる。
釣り好きのOくんがゴカイをサンゴイソギンチャクに与えたところ、動くゴカイを触手でしっかりと掴み、みるみる“口”のほうへと運んでいったという。すごかったらしい。
ちなみに、サンゴイソギンチャクは、“口”の内部(胃水管腔と呼ばれる)に消化液を出し、それが“口”から染み出て、口のところまで運ばれた獲物を溶かす(つまり消化する)のだという。
Nさんは、私がイソギンチャク用にと買って、冷凍庫に入れておいたアジを、小さな切れ身にして、その切れ身を二つ、サンゴイソギンチャクに与えた。すると口のほうへ運んでいったのだが、どうもイソギンチャクの様子がおかしくなってきたという。
あとで分かったことだが、獲物が大きすぎると、胃水管腔に放出された消化液が“口”から染み出てすぎて、獲物ばかりか、自分の体まで溶かしてしまうことがあるのだそうだ(へーっ)。
アジの二切れは、まさにそういう状況だったようで、つまり、サンゴイソギンチャクの“口”の周囲は、アジを溶かしても余りある自分自身の消化液によって溶けはじめていた可能性があったのだ。
アジがある以上、それが刺激となって消化液は、どんどん胃水管腔に放出されると考えられる。
さて、そのとき、どこからともなく現われ(Nさんはそんな表現はしなかった。私がその場の状況を創造してちょっと盛り上げているのだ)、その危機を救ってくれた動物がいた。
その動物こそ、イソギンチャクと一緒にゼミ室の海産水槽に運ばれ、最初は、古参のルリスズメダイに激しく攻撃されつづけた海産魚のグレだったのだ。
グレは、その後、Ykくんのアイデアと多少の偶然により、水槽内に逃げ場を見つけ、徐々に力をつけ、現在はルリスズメダイからも攻撃されることがなくなっていた。
そのグレ(ちなみにグレの種名はグレである)がどのようにしてサンゴイソギンチャクを救ったか。
それは、グレがサンゴイソギンチャクにとって大きすぎたアジの切り身を取って行ってくれたのだそうだ(単に餌を食べただけじゃないか、と思われる方も多いと思うが、まー、ここは一つ、まー、ということで)。
Nさんの観察によると、サンゴイソギンチャクの“口”からそとに漏れていた消化液は粘液性で、グレが切り身を取っていくとき、納豆のように糸を引いていたという(この表現もNさんの口から出たもではなく、私の勝手な言い換えだ)。
グレはその糸を嫌がっていたそうだ。おそらく味がまずいのだろう。
Nさんはグレにたいそう感謝している。
でも、これは私の予想だが、グレが大きくなったら、Nさんは、きっと「グレを食べよう」と言い出すにちがいない。