Mさんは、卒業研究でツキノワグマをテーマにしていたが(罠にかかった個体は見たことがあったが)、まだ一度も野生のツキノワグマを見たことがなかった。
実は私も自然の中のツキノワグマは見たことがなかった。だからときどき、「自然のツキノワグマ見たいね」と話していた。「クマ出没注意」という看板、あれは、われわれには、「クマがいるかもしれない。期待してね」と読めた。
ところが、3か月ほど前、ニホンモモンガの巣箱を設置しに行ったとき私は、ツキノワグマの立派な成獣を見た。感動した。そして大学に帰って数日後、Mさんに会ったので、「ツキノワグマを研究するのなら最低限、一度くらいは野生の個体と会うくらいのことは経験しておかないとね。まー、基本でしょ」と言っておいた。
Mさんは私の豹変ぶりに最初唖然としていたが、驚きと悔しさが入り混じったなんともいえない顔で立ちすくんでいた(人間不信になったかもしれない)。
昨日、Mさんが、最近追っているカワネズミでちょっとうれしいことがあったらしく、研究室で話をしていたら、帰り際に、ニヤッとして、「ツキノワグマの親子をみましたよ。やっぱり親子は違います」と言った。もちろん計算ずくだ。それから本当に研究室を去るまで、このセリフを5回は言った。6回だっ多かもしれない。
私は次は、何としても・・・・、何としても・・・・、もう、ツキノワグマと出会って、その体に触れるくらいのことを、あるいは親グマの前で子グマを抱き合かけて歩き回るくらいのことをしなければならないだろう。
自分が蒔いた種とはいえ、私は今追い詰められている。