私は後者の関係で建物の中で仕事をしたり、シャンシャン祭りで鳥取環境大学の学生の連に声援を送ったり・・・などといった一日を過ごした。一日の終わりは大学に戻って、動物たちの様子を見ながら餌を与え、大学でなければできない仕事をやり終えた。
シャンシャン祭りの関係で鳥取に帰ってきていた卒業生たちと出会い、また爬虫類カフェで、日頃はあまり話したことのない学生たちと話し、私はつくずく思ったのだ。
ホモサピエンスは他個体(血縁個体や非血縁個体の両方)との相互協力の中で生きる習性を強く備えた動物である。
お互い友好的に接することができると・・・・うれしい。特に、一瞬ではあっても以前、長く接し、久しぶりに会った卒業生たちとの友好的なやりとりは格別にうれしい。
それは、(興ざめかもしれないが動物行動学的な視点から言えば)、自分が認められていることを確認できるから、自分が他個体から協力を得られる可能性を感じさせてくれるから、ということだろう。そういった情報を無意識のうちに脳が受け取るからだろう。
まー、理由は何でもいい。
利己的遺伝子説(Selfish Gene)という言葉によって、動物行動学に起こった革命の内容をわかりやすく世に伝えた(一部では誤解も生じたけれど)世界的生物学者R.ドーキンスは、「虹の解体」(邦訳)という本を書いた。
その本の中でドーキンスが伝えたかった内容とは違うのだけれど。私は最初にその本の題名を見たとき、こんなふうに思ったのだ。
虹は科学的に分析すれば、単なる水滴の集合と様々な波長をもつ光が単なる物理学的な現象にすぎない。それは、一見、”虹”をめぐり人が感じるメルヘンチックな思いに冷や水をかけるような分析かもしれない。でも、虹を見て感じる「きれいだ」という感情そのものは明らかに実在だ。
その「きれいだ」という実感を我々はしっかり味わえばよいのだ。それが、科学で明らかにされるホモサピエンスを含めた生命(最近ではAIも)の実態、と並行して存在するもう一つの実態なのだ。
生物学的に、動物行動学的に、どんな実態があろうが:
お互い友好的に接することができると・・・・うれしい。特に、一瞬ではあっても以前、長く接し、久しぶりに会った卒業生たちとの友好的な会話は格別にうれしい。ノダ