私は、両脇に住宅が立ち並ぶ道路を、車で走っていた。春の午後だった。
すると、フロントガラスから見える、ほんの数メートル先の建物から黒い塊がさっと道路に現れた。
私は車を止めた。そして、その黒い塊が、タヌキであることはすぐ分かった。
「どうしてこんな街中にタヌキが!」
おそらくだれでもそう思うだろう。
なにせ、周囲には、緑もほとんどないのだ。ネコじゃあるまいし、仮にも野生動物のタヌキが、コンクリートとアスファルトに囲まれた街中を、それも昼間、歩いているとは思わないだろう。
でも次の瞬間、もっと驚くようなことが起こったのだ。
確かに道路を歩いていたタヌキが、私が一瞬目を離した隙に、姿を消したのだ。
周囲は開けた道路と広場である。隠れる場所などないのだ。
私以外の人間だったら、驚いて、それで終わったかもしれない。
でも、私にはそんなことはありえない。「タヌキがなぜそんなところにいたのか」、そして何より、「タヌキはなぜ忽然と姿を消したのか」、たとえ、「そんなことをしたら鼻血がドバドバ出るぞ」(深い意味はありません)と言われても、車を降りて答えを求めるだろう。
私は、路肩に車を止めると、解き放たれた猟犬のように、タヌキが消えた辺りに近寄っていった。
・・・・・答えは、すぐに分かった。「タヌキがなぜそんなところにいたのか」、「タヌキはなぜ忽然と姿を消したのか」、すべてがすぐにわかった。
みなさんも、下の写真をみていただければ、お分かりにあるだろう。
そう、タヌキは、地下の水路へと入っていったのだ。
そんなところに水路の開口部があるとは、そして、そんなところにタヌキが入るとは思ってもみなかった。
ちょっとした感慨にふけった。
でも、もちろん、それだけでは私の行動は止らなかった。タヌキは、開口部の近くに、まだいるかもしれない。
道路に寝っころがって水路の中を覗いてみた。
いた!
タヌキと目が合った。
そうか、おまえさんは、この水路を利用して、街中を移動しているのか。この水路は、さしずめ、街中の獣道なのだ。
そんなことを思っていたら、タヌキはくるりと向きを変えて、獣道を遠ざかっていった(それはそうだろう。タヌキも忙しいのだ。ヒトのおじさんにいつまでも付き合ってはいられないのだ)。
秀でた学習能力をもつタヌキならではの、街中への順応だ。
こういう形の、野生動物と人間との共存があってもいいのではないか。
コンクリートの獣道の角を曲がるタヌキに後姿を見つめながら私はそう思ったのだった。
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